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謎に包まれた伝説の映画監督 映画史に刻まれた4 つの傑作が4K デジタルリマスター版で甦る 【ジャン・ユスターシュ映画祭】 8⽉18⽇(⾦)よりヒューマントラストシネマ渋⾕ほかにて開催

映画『ジャン・ユスターシュ映画祭』公式サイト
全国順次公開中!
【ジャン・ユスターシュ映画祭 パート2】
10/6(金)〜14(土)、10/17(火)〜22(日)
東京日仏学院 エスパス・イマージュにて開催!
チケット購入ページはこちらから
TRAILER
映画『ジャン・ユスターシュ映画祭』公式サイト

映画史に残る傑作『ママと娼婦』で、
一躍時代の寵児となった
フランスの映画監督、
ジャン・ユスターシュ。

しかし度重なる奇行、自己破壊的な行動が影響してか、その後1本の長編とわずかな中・短編を手がけただけで、1981年、42歳にして拳銃自殺を遂げた。
今年、4Kデジタルリマスターで甦った『ママと娼婦』がパリ、ニューヨークをはじめ各地で上映され、その痛ましいまでの美しさに世界は再び驚愕した。
そしてほとんど彼の作品を観ることができなかったわが国でも、謎に包まれた全貌がついに明らかになる。

「死者を起こすには、
強くノックすること」

そう遺して世を去った“呪われた映像作家”の扉を、いよいよ叩くときが来た。

ジャン・ユスターシュ映画祭 パート2
LINE UP [PART2]
本映画祭内で初上映作品
La Rosière de Pessac

ペサックの薔薇の⼄⼥

La Rosière de Pessac

1968年/フランス/⽩⿊/65分
© Les Films du Losange
脚本:ジャン・ユスターシュ/撮影:フィリップ・デオディエール、ジーン=イヴ・コイツ、ダニエル・カルド

ペサックの薔薇の⼄⼥'79

La Rosière de Pessac'79

1979年/フランス/⽩⿊/70分
© Les Films du Losange
脚本:ジャン・ユスターシュ、フランソワーズ・ルブラン
ユスターシュが⽣まれた村で古来おこなわれている、地元出⾝の「薔薇の⼄⼥」(品⾏⽅正な⽣娘)を選出するという⾏事を⽩⿊撮影で記録した作品。⾒⽅によっては時代錯誤も甚だしく映る⾏事を、批評的視点や倫理的判断を⼀切交えることなく、敬意を払いつつありのままに描き出そうと試みる。それからおよそ11 年後、ユスターシュは同じ⾏事をカラー撮影で記録し、⼆本の映画を通して時間のなかで変わっていくものと変わらないものの双⽅をとらえた。
Le Cochon

Le Cochon

1970年/フランス/⽩⿊/52分
© Les Films du Losange
脚本:ジャン・ユスターシュ、ジャン=ミシェル・バルジョル/撮影:ルナン・ポレ、フィリップ・テオディエール
早朝、ある⽥舎屋に集まった男たちは、⼀匹の豚を引っ張ってきて…。本作の主題である豚の屠畜はユスターシュ⾃⾝の思い出ではなく、共同監督のジャン゠ミシェル・バルジョル(マルセイユ出⾝のドキュメンタリー映画監督)が⼦どもの頃にアルデシュ県で何度か⽬にしたそれに由来するもの。それぞれが撮りたい被写体を⾃分の撮りたいように撮影した本作には、⺠俗学映画としての性質と実験映画としての性質が備わることになった。
※『不愉快な話』と併映
Numéro zero

ナンバー・ゼロ

Numéro zero

1971年/フランス/⽩⿊/111分
© Les Films du Losange
脚本:ジャン・ユスターシュ/撮影:フィリップ・デオディエール、アドルフォ・アリエタ
出演:オデット・ロベール、ジャン・ユスターシュ、ボリス・ユスターシュ
当時鬱状態に陥り、もう映画を作ることができないのではないかと気に病んでいたユスターシュに、『豚』の共同監督ジャン゠ミシェル・バルジョルが⼀族の誰かを主題にして映画を撮ってみては、との提案をしたことが本作実現のきっかけとなった。彼が主題に選んだのは祖⺟オデット・ロベール。「プロの映画作家の映画であると同時に、浜辺で撮られたアマチュア⼋ミリ映画のような家族映画」でもある「どこか両⽴しがたいもの」(ユスターシュ)を抱えた映画が誕⽣した。
※『アリックスの写真』と併映
Une sale histoire

不愉快な話

Une sale histoire

(1) 1977年/フランス/カラー/28分
© Les Films du Losange
脚本:ジャン・ユスターシュ/撮影:ジャックス・ルナール
出演:マイケル・ロンズデール、ジャン・ドゥーシェ、デューチュカ、ラウラ・ファニング、ジョゼ・ヤンヌ、ジャックス・バルロー
(2) 1977年/フランス/カラー/22分
© Les Films du Losange
出演:ジャン=ノエル・ピック、エリザベス・ランシュナー、フランソワーズ・ルブラン、ヴィルジニー・テヴネ、アネット・ワデマント
ユスターシュの友⼈、ジャン゠ノエル・ピックがある猥褻で、不潔で、不愉快な<体験談>を⾃⾝の周囲に座る⼈々に語って聞かせるという本作は、公開時には「⼥性が好まない映画」との注意書きが添えられたというし、マスコミからも怒りや当惑の声が寄せられたとのこと。映画は⼆部構成のかたちをとっており、第⼀部がフィクション、第⼆部がドキュメンタリーの体裁で、記録と虚構、現実とその複製、あるいは実⼈⽣と映画の絶え間ない相克を思わせる。
※『豚』と併映
Les Photos dʼAlix

アリックスの写真

Les Photos dʼAlix

1981年/フランス/カラー/19分
© Les Films du Losange
脚本:ジャン・ユスターシュ/撮影:ロベール・アラズラキ、カロリーヌ・シャンプティエ
出演:アリックス・クレオ・ルーボー、ボリス・ユスターシュ
ユスターシュの友⼈、アリックス・クレオ・ルーボーが⾃ら撮影した写真を、次から次へと息⼦のボリス・ユスターシュに⽰しながら、それにコメントを加えていく。映像(視覚芸術)と⾳(それを語ることば)の関係、映像と現実のずれに焦点を当てた短編映画。写真家・⽂筆家として活動したアリックスだが1983年、肺⾎栓塞栓症により31歳の若さで亡くなった。
※『ナンバー・ゼロ』と併映
【 ジャン・ユスターシュ映画祭 パート2 】
10/6(⾦)〜14(⼟)、10/17(⽕)〜22(⽇)
東京日仏学院 エスパス・イマージュにて開催
≪ 下記の作品も上映 ≫
わるい仲間 Du côté de Robinson (『サンタクロースの眼は⻘い』と併映)
サンタクロースの眼は⻘い Le Père Noël a les yeux bleus (『わるい仲間』と併映)
ママと娼婦 La Maman et la putain
ぼくの⼩さな恋⼈たち Mes petites amoureuses
LINE UP
Saute ma ville

わるい仲間

Du côté de Robinson

1963年/フランス/白黒/39分
監督・脚本・編集:ユスターシュ/撮影:ミシェル・H・ロベール、フィリップ・テオディエール/音楽:セザール・ガッテーニョ
出演:アリスティド・ドメニコ(ジャクソン)、ダニエル・バール(友人)、ドミニク・ジェール(女性)
ユスターシュの妻ジャネット・ドゥロにふりかかった災難(ユスターシュと喧嘩して街へ出たドゥロに、二人組の無骨者がつきまとって彼女を困らせた)に基づいて構想された作品。当時ドゥロが秘書として働いていた、カイエ・デュ・シネマ誌のオフィスにある金庫から盗んだカネを使って撮られたとの伝説がある。主人公はタフガイ気取りで品位を欠く、自堕落な生活を送る若者二人組だ。彼らは街をぶらぶらするうちに知り合った女性を口説こうとするが、なびいてこないので腹いせに彼女の財布を盗む。ヌーヴェル・ヴァーグ映画的な街なかでのゲリラ撮影を活用しながらも、ここでのパリは生きづらい寒々しく退屈な街へと変貌しており、登場人物の「リアルな」描出ともども新世代作家の台頭を印象づける。
Saute ma ville

サンタクロースの眼は青い

Le Père Noël a les yeux bleus

1966年/フランス/白黒/47分
監督・脚本:ユスターシュ/撮影:フィリップ・テオディエール/編集:クリスチアーヌ・ラック、ユスターシュ/音楽:ルネ・コル、セザール・ガッテーニョ
出演:ジャン゠ピエール・レオー(ダニエル)、ジェラール・ジメルマン(デュマ)、ルネ・ジルソン(写真家)
『ママと娼婦』『ぼくの小さな恋人たち』と併せて、ユスターシュの自伝的三部作を形成する一本。ゴダール提供による『男性・女性』(66)の未使用フィルムを使って撮られた。主演も『男性・女性』のレオー。舞台となるのは、クリスマス・シーズンの仏南西部ナルボンヌ。貧しい青年ダニエルは、モテるためのダッフルコート欲しさにサンタクロースの扮装をして街角に立ち、写真撮影のモデルを務める仕事を引き受ける。やがて彼は、変装した方がナンパに好都合であることに気づくが……ヴォイスオーヴァーを活用して定職のない若者の冴えない日々を描きつつ、やがて彼の滑稽な日常が悲哀へと、期待が幻滅へと転調する語り口が絶妙。ナルボンヌ生まれの国民的歌手シャルル・トレネに捧げられている。
Saute ma ville

ママと娼婦

La Maman et la putain

1973年/フランス/白黒/215分
監督・脚本:ユスターシュ/撮影:ピエール・ロム、ジャック・ルナール、ミシェル・セネ/編集:ドゥニーズ・ド・カサビアンカ、ユスターシュ
出演:ベルナデット・ラフォン(マリー)、ジャン゠ピエール・レオー(アレクサンドル)、フランソワーズ・ルブラン(ヴェロニカ)
ユスターシュにとって最初の長編映画である本作は、四時間近い破格の上映時間を通じて、やはり作家の私的経験に基づいた物語を綴っていく。その物語とは、72年のパリを舞台に、五月革命の記憶を引きずる無職の若者アレクサンドルと彼の年上の恋人マリー、前者がカフェで知り合った性に奔放な20代の看護師ヴェロニカの奇妙な三角関係を描いたものだ。ユスターシュは、当時破局を迎えたばかりだったルブラン(ヴェロニカ役を演じている)をはじめ、自身と複数の女性との関係に基づいて脚本を執筆した。完成作はカンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリを獲得。男女の性的関係が台詞も含めて赤裸々に描かれた本作はスキャンダルをも巻き起こしたが、今や映画史上の傑作の一本として不動の地位を築いている。
Saute ma ville

ぼくの小さな恋人たち

Mes petites amoureuses

1974年/フランス/カラー/123分
監督・脚本:ユスターシュ/撮影:ネストール・アルメンドロス/編集:フランソワーズ・ベルヴィル、ユスターシュ
出演:マルタン・ローブ(ダニエル)、イングリット・カーフェン(母)、ジャクリーヌ・デュフレンヌ(祖母)
二本目にして最後の長編監督作。題名はランボーの同名の詩から採られている。ペサックで心優しい祖母と二人暮らしをしていた13歳の少年ダニエルが、やがて母が継父と住むナルボンヌに移住し、経済事情から学業を諦めて二輪車販売・修理店で見習いとなる物語には、ユスターシュの少年時代の記憶が多分に投影された。作家によれば、「自分の映画はどれも最初から社会ののけ者の中に身を置く」一方、本作だけは「ある子どもの、普通の生活から脱落者の境遇への移行」を描いている。主題の一つは、聖体拝領の日に初めて異性を意識した経験に始まる、ダニエルの性的な成長だ。半ば様式的な演出が施されたこの寡黙な映画は、繊細なカラー撮影と相まってユスターシュ作品中例外的な輝きを放ち続けている。

ジャン・ユスターシュ Jean Eustache

 1938年11月30日、仏ジロンド県ペサックの労働者階級一家に生まれる。父は共産党員だった。両親の離婚後、母方の祖母に育てられ、その後ナルボンヌに住む母と暮らし始める。同地で電気工の職業適性証書を取得。57年にパリに出て、フランス国有鉄道の一般工員として働く。シネマテーク・フランセーズに足しげく通う映画狂でもあった。また59年、アルジェリアへの徴兵忌避で手首を切って自殺を試み、短期間精神病棟に送られた。カイエ・デュ・シネマ誌で秘書を務めていた妻ジャネット・ドゥロを介して、あるいはシネマテーク通いをつうじてジャン゠リュック・ゴダール、エリック・ロメール、ジャン・ドゥーシェ、ジャン゠ピエール・レオー、ポール・ヴェッキアリといった映画関係者と知己の仲となりロメールやドゥーシェの短編映画製作に参加。62年にはヴェッキアリの助力で、初監督作にあたる短編『夜会』(未完)を、翌63年に中編『わるい仲間』を発表した。67年にドゥロと離婚した後、交際した女性の一人フランソワーズ・ルブランとの関係に一部基づいた初の長編劇映画監督作『ママと娼婦』(73)で一躍国際的注目を集めるが、続く長編劇映画『ぼくの小さな恋人たち』(74)は興行的に失敗。以後は実験的な短編・中編映画、および記録映画のみを監督。81年5月にギリシャでテラスから落下、脚を骨折。残りの人生を脚が不自由なまま過ごすことになると知り絶望する。同年11月5日、パリの自宅で拳銃自殺を遂げる。

ジャン・ユスターシュ 
命がけの映画づくり

山田宏一 (映画評論家)

 消極的な憂鬱ではない、積極的な倦怠なのだとジャン・ユスターシュは言うのだ。すべては自らの生きかたを問いつづけ、その緊張感を一瞬たりとも失うことなく、たとえセックスといえども、いや、それは愛の交流なのだから、それこそ生の充実感を求めての弛緩なき営為なのだと自らを追いつめるかのように苦悩する。苦悩こそ青春の特権なのだといわんばかりに。いつまでも愛にこだわり、青春を長びかせるための口実なのか? 饒舌な愚痴、過失と罪業、悔恨と告白、なんとも面倒な誠実さ、真剣さに彩られた万華鏡、果てしなく尽きることのないくりかえしだ。それもまるで自分と同じように苦闘し、悶絶することを強烈に絶対的に迫ってくるのである。

 1981年に42歳で拳銃自殺を遂げ、その死にざまを、生涯の最期までを、自伝的に記録するために(究極の明晰の証明か?)ビデオ・カメラを自動回転させたまま設置していたというジャン・ユスターシュだった。映画はすべて自伝的なものであり、虚構はないというのである。命がけの映画づくりだ。

 3時間50分もの大作『ママと娼婦』は1973年の、ジャン・ユスターシュ32歳の作品だったが、いまとなっては遺言的な自伝的映画の集大成のようにみなされてもしかたないような気がする。苦悩にみちた切羽詰まった映画だ。

 「ここ数年、世界情勢はすべてぼくに向かっていた。中国の文化大革命、フランスでは五月革命…そしてローリング・ストーンズ、長髪、ブラック・パンサー、アンダーグラウンド運動…」とジャン=ピエール・レオー演じる『ママと娼婦』の主人公アレクサンドルはつぶやく。「だが…早くもすべてがむなしい。モードも映画も無気力そのものだ。そして、ぼくには生きる資格がないことに気づいた」。

 ジャン・ユスターシュの自伝的主人公に扮するジャン=ピエール・レオーの緊迫感あふれる演技をふくめて、そしてもちろん相手役のママのような女(ベルナデット・ラフォン)も、とくに若い娼婦のような女(フランソワーズ・ルブラン)も、長回しのキャメラに対抗して筆舌に尽くしがたい迫真的なすさまじい演技で、すベての面で画期的な、という以上に「一線を越える」新しい映画と評価された。ジャン=ピエール・レオーとの友情ある関係からいっきょにジャン・ユスターシュは大きな存在になったと思う。フランソワ・トリュフォーからもジャン=リュック・ゴダールからも強力な支持と援助を得て、ジャン・ユスターシュはヌーヴェル・ヴァーグの最後の寵児になったと言っていいだろう。1963年の自主映画(39分の短篇だった)『わるい仲間』からしてすでにすばらしい作品だったが、1966年にジャン=リュック・ゴダール(独立プロアヌーシュカ・フィルムを設立した直後だった)からの資金援助を得て撮られたジャン=ピエール・レオー主演の『サンタクロースの眼は青い』(47分の中篇だった)はさらにすばらしかった。『ママと娼婦』のあと、1974年にはカラー作品で少年時代を描いた長篇『ぼくの小さな恋人たち』(肩の力を抜いて、などと言っては失礼かもしれないが、じつにさりげなく淡々と思い出を綴った自伝的映画の傑作だ)を撮っている。

 しかし、ジャン・ユスターシュの映画はそれだけではない。それ以外の作品について私は何も知らないのだ。

THEATERS
公開日 地 域 劇場名
東 北
11月17日 仙台市 フォーラム仙台
関 東
上映終了 渋谷区 ヒューマントラストシネマ渋谷 
上映終了 新宿区 東京日仏学院
上映終了 横浜市 横浜シネマリン
上映終了 柏市 キネマ旬報シアター
甲信越静
近日公開 松本市 松本CINEMAセレクト
中部・北陸
上映終了 名古屋市 ミッドランドスクエア シネマ
近日公開 富山市 ほとり座
関 西
上映終了 大阪市 シネ・リーブル梅田
11月18日 大阪市 シネ・ヌーヴォ
上映終了 京都市 京都シネマ
12月15日 京都市 出町座
上映終了 神戸市 cinema KOBE
中国・四国
上映終了 広島市 横川シネマ
近日公開 松山市 シネマルナティック
九州・沖縄
近日公開 福岡市 KBCシネマ
上映終了 大分市 シネマ5
近日公開 那覇市 桜坂劇場